第三回ミャンマー視察(2017年2~3月)(3)

旧ブログのエントリを加筆・修正したものです。青字は現在視点からの解説です。

第三回ミャンマー視察(2017年2~3月)(2)

2月23日(木)

朝、Kさんと一緒にカフェへ朝食を取りに。Kさんの旅行話と私の仕事の話で盛り上がる。Kさんにミャンマー人女性の何人か見せると、2月13日に会ったSさんの写真で思わず彼の目が留まる。「優しそうな子だね」うん、やはり彼女は可愛いだろう。後で聞いたのだが、彼女は5人姉妹の末っ子で、姉妹全員独身なのだそうだ。これは国家的損失ではないだろうか? Kさんは「ミャンマー人女性の未婚率が高すぎる」の内容にも大変感銘を受けていた。マンダレーに行く目的は二人の女性に会うためだったが、一人は直前にヤンゴンにいることが判明。もう一人は途中で連絡が途切れ、悶々とした気持ちを抱えたまま、アング・ミンガラー・バスターミナルへ向かう。ダウンタウンからタクシーで2時間もかかった。バスターミナルは各地へ向かうバスで大賑わい。腹が空いていたが、下痢になるといけないので、ポカリスエットで我慢。が、やって来たバスは、ン十年前のそれと違ってドイツ製らしいデラックスバスで、車内は肌寒いくらいにエアコンが効いていた。高速も日本のそれとさして変わらず、車の走りはスムーズで快適。途中一度サービスエリアに寄っただけで、まっすぐマンダレーに向かい、朝の6時頃にマンダレーのバスターミナルに着いた。マンダレーの宿は地球の歩き方にも乗っているRoyal Guest House。実習生として日本に渡る予定だという日本語が流暢な青年が迎えてくれた。工場で働いて、毎月7万円くらい実家に仕送りするつもりなのだという。ホテルの部屋は清潔で、中にトイレもホットシャワーもあって、朝食もついていて、これで14ドルとはお得だ。後でミャンマー人の友達に教えたら、みんな驚いていた。床に就いて爆睡。

このSさんは35歳を超えてしまいましたが、いまだに独身。金持ちの家の女性は独身ばかりです。

2月24日(金)

昼頃起き出してホテルの近くを散歩。マンダレーは日本の京都にあたる古都で、旧王宮とマンダレーヒルを中心に市街地が広がっている。バイクの数が多く、歩いていると、バイタクの運転手にうざいくらいに声をかけられるのは、ベトナムに似ている……が、車の流れは比較的スムーズ。人口90万人に相応しい賑わいを見せている。日曜日に会う予定の女友達との待ち合わせ場所を確認するために、王宮の周囲をウロウロ。この女性、将来弁護士になる予定のどこぞの大学の法学部生なのだが、なかなか辛辣で骨のある人物……が、直前になって私に会うのを躊躇い、ぐだぐだ言ってきたのをなんとか宥めすかして、アポを取りつけたのだ。Messengerで彼女と連絡を取りながら確認していたのだが、案の定間違えていて、事前に確認してよかった。夕食を食べた後、ホテルに帰って寝る。

2月25日(土)

昼の12時頃、一年くらい前からMessengerでやりとりしてすっかり仲良くなったKさんとその女友達がホテルにやって来る。Kさんは大変熱心に日本語を勉強している30歳の女性で、将来は日本語教師を目指しているのだそうだ(既にBasic classの生徒は教えている)。この日はマンダレーヒルと周辺のパゴダを案内してもらった。マンダレーヒルはひたすら階段を上っていく……が、途中、彼女と一緒に写真を撮ろうとすると、彼女は「私は自分の写真を撮るのが嫌いですから」と言って頑なに拒否。彼女はどうやら自分の容姿に根深いコンプレックスを抱いているようなのだ。Facebookのアカウントにも自分の写真を載せていない。たしかに彼女の容姿は十人並みより少し低いくらいだが、この容姿でそんなことを言っていては、世の3分の1くらいの女性は自殺しなければならないだろう。現に彼女が一時期勤めていた日本企業の日本人社長は「自分の知りあいにそっくりだ」と言って、彼女のことを大変可愛がっていたそうだ。彼女が連れてきた女友達は農家の親戚の女の子で、農家の仕事が嫌でマンダレーに出てきたそうだ。最近、観光客が増えたおかげで、ロンジーなどのミャンマーの伝統服を作る仕事が増えていて、その仕事に就きたいのだという。やれやれ、農家の仕事が嫌なのだミャンマーも一緒か。月曜日にまた会う約束をして一旦別れる。

2月26日(日)

昼の1時頃、Facebookで出会ったHさんとの待ち合わせ場所である王宮の東門へ。Hさんは女友達のMさんを連れてきていた。二人は同じ日本語学校に通っていて、日本語のツアーガイドを目指している。二人とも日本語が達者だが、特にHさんは若干23歳なのにかなり上手。ミャンマーでも人気の韓流ドラマの影響を受けて、小説を書くのを趣味としており、自分のFacebookページを持っている(ミャンマー語で書いているので私はまったく読めません)。Mさんはマンダレー外国語大学の日本語学科で日本語を学んだのだが、しばらく日本語から離れていて学び直している最中だそうである。36歳、独身。NNS先生によく似た顔で、先生の写真を見せると、「似てますね。ミャンマー人によくある顔なんです』と恥ずかしそうに答えた。三人で王宮と周辺のパゴダを回った後、カフェに入る。私はカプチーノ、二人はアイスクリーム。そして私はみんなで食べるためにストロベリーパイを頼んだ。総額18000kyat、日本円にして1500円くらいで大変お得だが、このレベルのミャンマー人の給料が2~3万円くらいであることを考えると、恐ろしく高いと思う。

二人と別れた後、もう一人の例の法学部生と王宮の南門前で落ち合う。女友達二人と来ていた。自己申告どおり、かなり気難しい性格で、私とプレゼントの交換に応じたものの、頑としてデート(と言っても友達を交えての集団デート)に応じようとしない。40分くらいやりあっていたが、結局、埒が明かず、自分よりも20歳も年下の女性を困らせるのもなんだったので、辞去することにした。が、ホテルへ向かう道すがら、突然、後ろから声をかけられ、振り返ると、バイクを運転する彼女がいた。そして私にヘルメットを渡すと、後ろに乗れという仕草。結局、彼女のバイクに乗ってホテルへ帰った。まるで香港映画のワンシーン……と若い頃ならそんな感慨にふけっただろうが、40歳を超えるとバイクの二人乗りは若干怖かった。ホテルに戻ってしばらく休んだ後、彼女からMessengerにメッセージが入って、今日は本当にすまなかった、お詫びにロンジーを贈る、あなたが今日着ていたロンジーは本当にひどいものだから、と言ってきた。ホテルに持ってくるが、私と会いたくないので、フロントに置いてくるのだという。やれやれ。ちなみにこの日彼女がくれたプレゼントは額縁に入ったこんな絵だった。

法学部生の彼女はその後弁護士資格を取って今はNGOで働いています……それなのに実習生として日本に来ることを考えているという。

2月27日(月)

連日の観光で疲労困憊して、昼過ぎまで爆睡。夕方5時、Kさんが友達二人を引き連れてバイクでやって来る。また二人乗りかと暗い気持ちになるが、もちろん、表情には出さない。四人でパゴダを二つ回った後、Kさんの家へ行く。バイクをかなり飛ばし、怖かった。彼女の家は都心から離れた所謂住宅街の一角にあったが、家の前の道をビュンビュンバイクが行きかっていて、かなり騒々しかった。家に着いてご家族に挨拶。Kさんのお姉さん(写真左)は物凄く背が高くて、髪が長くて、綺麗で、思わず見惚れてしまった。33歳で公務員で独身。一生独身のままでいいと言っているのだという。ミャンマーは頭が良くて真面目で綺麗な女性に限って、こんな人ばかりで本当に困る。家ではお姉さんが作った夕食を御馳走になる。写真を見れば分かるとおり、美味しそうで、実際、美味しかった(が、やはり油が多すぎたのか、胃に持病のある私は翌朝胃痛に悩まされた)。夕食を食べた後、しばらくKさんと雑談。キャリアに迷っている様子だったが、私は他の人にも言っているように、N3を取ってミャンマー国内の日本企業に就職するのが一番と言っておいた。ただマンダレーには日本企業があまりないのが悩みの種。就職のためにヤンゴンにでることには父親が反対しているのだという。まったくこの国は父親が子供のやることになんでも口を出して、反対する。そして多くの場合、そこにはなんの合理的理由もない。家族の絆が強く、支えあって生きることはいいことだと思うが、その分、しがらみも強いのだ。その後、Kさんにホテルまで送ってもらって別れた。

年を食ったせいかバイクの二人乗りはもう怖いですね。運動神経が鈍くなっているのがわかるので、こけたら助かる自信がありません。

2月28日(火)

朝11時頃に起きてパッキング……が、ボストンバッグのファスナーが壊れて閉まらない。部屋を出た廊下でカバンを前に右往左往していると、掃除をしていたホテルの女の子たちがわらわら集まってきて、カバンを囲んで直し始めた。その様子を煙草を吹かしながらぼっーと眺めていると、やがて一人の女の子が「OK」と言って、ファスナーを締めてくれた。感謝しきり。この日も会うはずだったKさんが仕事が忙しくて行けないということで、電話でサヨナラの挨拶をする。バスの時間が来るまでホテルのロビーで休憩。仕事はおじゃんになったが、友達が色々してくれたおかげで、マンダレーでは本当にいい思い出ができた。死ぬまでにあと何回こんな思い出ができるだろうか? と感慨にふける。やがて時間が来ると、タクシーに乗ってバスターミナルへ。行きとまったく同じプロセスでヤンゴンに帰る。ヤンゴンに着いたのは翌朝の6時だった。

3月1日(水)

朝11時にビジネスパートナーのSがホテルに迎えに来る。電話しても私が出なかったので、ホテルまでやってきたとのこと。疲労困憊して爆睡していたようだ。二人でわざわざタチレクから呼び寄せた女性に会いにスーレープラザへ行く。女性はボストンバックを引きずって現れた。せっかく田舎からヤンゴンに来たのだから、数日ホテルに滞在させて、あちこち連れていってやろうと思ったのだ。KFCで面談。行ったことがなかろうと思って連れて行ったのだが、女性はチキンフライにはあまり手をつけなかった(笑)。これまでのヤンゴン在住の中産階級の女性とは毛色が違うので、色々尋ねたが、高校を卒業した後、20歳の時に一度結婚して女児をもうけたものの、男性が酒におぼれるようになり、やがて離婚。その後は写真店と造花店を経営しながら、女手一つで子供を育ててきたとのこと。が、家庭の事情により店を締めざるを得なくなり、新しい人生を求めて、この度、私の会社にエントリーしたとのことだった。所謂、貧困層の女性ではない。またミャンマーであまたの芸能人を輩出しているシャン族の女性だけあって、肌の色が白く、胸とお尻が大きくて女性の魅力に溢れていた。ミャンマー語、タイ語、シャン語の三つの言葉を話せるのだという。面談が終わった後、女性を私の泊まっているホテルに連れていく……が、なんと私のホテルはミャンマー人不可。仕方がないので、隣のホテルに連れていったが、料金は25ドルと私のホテルの二倍以上もして、少し凹んだ。夕ご飯を一緒に食べる約束をして、一旦、女性と別れる。夕方6時半、Akikoに会いにJunction Centerへ。色々あったが、結局、私の会社に登録することにしたのだという。面談はつつがなく終了。その後、ホテルに取って返して、シャンガールと夕食を食べに川沿いの屋台街へ。シャンガールはタイ料理を食べたがっていたが、そんなものあるはずもなく、結局、二人でチャーハンを食べた。食後、彼女をホテルに送って就寝。

彼女が元MY009さんです。

第三回ミャンマー視察(2017年2~3月)(4)

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