第三回ミャンマー視察(2017年2~3月)(1)

旧ブログのエントリを加筆・修正したものです。青字は現在視点からの解説です。

第二回ミャンマー視察(2016年5~6月)(4)

2月9日(木)

成田からヤンゴンへ。機内でワインを飲んで熟睡していたので、あっという間に着いた感。ヤンゴン空港では、今回、とある事情で日本にお連れすることになったMさん(50代の女性。かつて日本人男性と結婚していたことがあり、日本語ペラペラ)とその姪と女友達が迎えてくれた。姪御さんとはMessengerで何回か話したことがあるが、モデルのように可愛いらしく、彼女のFacebookアカウントには鼻の下を伸ばした1000人以上のフォロワーがいる。ホテルに行く前にMさんのご自宅に寄って、焼きそばと八宝菜とチキンの夕食を御馳走になる。ありがたいのだが、量も油も多すぎる(苦笑)。ミャンマーは料理を残してもいい食文化なのだが、これにもいつまで経っても慣れない。

Mさんの家は旧居と新居の両方あるのだが、85歳になる元医者のMさんの父親が頑として旧居から離れようとしないので、新居は空き家のままで、こうして友達が来た時にたまに使うだけなのだとか。水回りもよく、エアコン付きで、趣味の音楽に興じるためにギター、ベース、ドラムセットが備わり、防音壁を施したスタジオまであるのに、もったいないことよ……が、やることが、なんとなく日本の田舎の人に似ている。また彼女の家には、長机を備えた小屋みたいなのだがあって、これはなんだ? と尋ねると、NLD(アウンサンスーチーの政党)の支部なのだとか。彼女はNLDの活動家で政権を取るまでは熱心に政治活動をしていたそうだ。 「これからはデモクラシーの時代だからね!」とMさんは満面の笑み。

食事を終えた後、近所の姪っ子の家へ。お母さんが自宅で英語の塾を開いていて、7~8歳のあどけない子供たちが勉強していた。ミャンマーの教育だから、ひたすら暗唱、暗唱、暗唱の連続である。二階の部屋にある仏壇みたいなものを見せてもらったが、その中に鎌倉大仏があった。本当にミャンマーでの鎌倉大仏の人気は絶大である。娯楽の少ないミャンマーでは、こうして自分の家に客を招待して、食事を振る舞い、話をするのが重要な交遊らしい。 その後、ホテルへ。常宿のHホテルは顔なじみのマネージャーの姿もなく、閑散としていた。メッセンジャーに入っていた沢山のメッセージに返事を書く。Mさんの姪御さんとはかなり長く話した……が、もはや20歳の女の子と話しても話題が続かず、疲れるだけ(微苦笑)。この日はそれだけで就寝。

この姪御さんは本当に可愛いのですが、なぜかいまいちな男とばかり付き合って周囲をやきもきさせています。何度も言っているようにミャンマー人男性は「ヒモ体質の浮気性」が多く、恋愛や結婚の対象となる男性が少ないため、女性が男性の欠点に目をつぶる傾向が強いのです。

2月10日(金)

朝起きて朝食を取りにホテルの7階か8階にある食堂へ……が、そこにはテーブルと椅子が並べてあるだけで、何もない。厨房のドンである英語を理解しないラスボスのように太ったおばさんに身振り手振りで尋ねると、「ない」という返事。このホテルはビッフェ式の朝食でつとに有名であったのになぜ止めてしまったのだろう? シーズンオフなので客が少ないのは仕方がないが、相変わらずマネージャーやサブマネージャーの姿もなく、閑散としている。床が綺麗になって、Wifiの性能が向上していたが、なんとなく寂れた感じがする。

その辺のコンビニでパンと豆乳の簡単な朝食を取った後、名刺を作り直しにCity Hallの近くにある印刷所へ。相変わらずあの厳しそーなお姉さんが、会社を切り盛りしており、テキパキと仕事をこなしてくれた。私のことを覚えていたようで、去り際に「さよなら」と日本語で挨拶してくれた。その後、コンピュータースクールの隣にあるパソコン店へ行き、携帯にトップアップカード(プリペイドカード)をチャージしてもらう……が、なぜか電話が繋がらない。MPTのオフィスに行ってみると、どうやら半年以上使っていなかったSIMカードが使えなくなったらしく、再度使えるようになるまでに一週間かかるのだという。仕方なく新しいSIMカードを購入し、インターネットも使えるようにした。ホテルに帰った後、電話番号が変わったことをMessengerで知人・友人に連絡。

ホテルで一休みした後、女性との待ち合わせ場所であるスーレー・パヤーへ……が、待ち合わせの時間になっても彼女は現れず、日本で通訳役で待機している彼女の叔母にMessengerで連絡すると、なんでも私に会うのが恥ずかしくなって、面接を止めにしてしまったのだという。書類に必要事項を書くから送ってくれと言っているらしいのだが、会ったこともない女性を他人に紹介するわけにはいかない。が、その叔母のもう一人の姪が来るというので待っていると、その彼女から電話が入って、既にスーレーに来ているとのこと。がしかし、英語も日本語も理解しない彼女と話してもチンプンカンプンで、なかなか顔を合わせることができない。後で気づいたのだが、このスーレー・パヤーは待ち合わせの場所としては、かなり不向きな場所だった。結局、スーレーをぐるぐる回っているうちに、なんとか彼女と邂逅。お腹が空いているというので、二人してKFCに行ったが、彼女がオーダーしたセットが四人分で往生。事前に写真も見てなかったので、まったくの初対面だったが、彼女は小柄で骨太で芯のしっかりした感じのとても可愛らしかった。「自分が求めていた女性はこれだよと」と、これまでの苦労が報われた感。が、彼女との間ではコミュニケーションがまったく成り立たず、あまりの言葉の通じなさに二人の間に微妙で奇妙な緊張感が走る。結局、ここでもMessengerで叔母を呼び出して、なんとか面談を終了させた。彼女をバス停まで見送った後、ホテルに帰ってMessengerで友人・知人何人かと話して、就寝。

2月11日(土)

朝11時に女性との待ち合わせ場所であるJunction Centerへ。10分ほど遅れて、ドラえもんのTシャツに短パンというラフな格好をした彼女が現れる。ミャンマーというか極めて平均的なASEAN女性という感じの人で、脚が白くて長く、とても明るい女性だった。建物の4階にあるカフェに入り、電子辞書の力を借りながら面談。高卒だったが、趣味は語学というだけあってかなり英語が流暢で、仕送りは必要か? という質問に「自分の稼いだ金を送りたい」と答えたのが印象的だった。が、最後に写真を一枚撮らせてくれと頼むと、ドラえもんのTシャツ姿は嫌だと言われ、断られた(微苦笑)。後で送ってくれるのだという。

ホテルに帰って、フロントにいる男の子たちにマネージャーはどこにいるのか? と尋ねると、なんと彼は半年前に引退して、現在はヤンゴンのどこかで余生を送っているのだという。そしてサブマネージャー(彼は中国人だそうだ)は現在はロサンゼルスにいるのだとか。半年以上留守にしている間に、長らくバックパッカーに愛されてきたこのホテルの歴史が終わっていた。そうなると、日本語どころかまともに英語を話せるスタッフもおらず、名物だったビッフェ式朝食もなく、なぜか水回りが悪くなり、なによりもマネージャーの醸し出すアットホームなホスピタリティもないこのホテルの将来はジリ貧ではないか。自分としてもここにいる理由はもうないし、他のホテルを開拓ししようか……という思いが一瞬脳裏をよぎったが、それでもWifiの状態がいいので、やはりここに落ち着くことにした。

ホテルで休憩した後、夕方6時にもう一人の女性との待ち合わせ場所であるスーレーへ。ミャンマーに来る少し前から時々Messengerで話していたのだが、N3取得者で日本語は流暢、某日本企業でプログラマーとして働いているらしい……が、この日会社のメディカルチェックがっあったらしく、2時間近く遅れて、しかもスーレーではなくサクラタワーで落ち合うことになった。現れた彼女は想像していた以上にかなり大柄で、とても可愛らしい人だった。近くのシャンカウソエの店に入って、私だけカウソエを食べながら面談。なんでも父親は医者で、水泳もすれば(ミャンマーでは女性が公衆の面前で肌をさらすのはご法度)、酒も少し嗜む(これもご法度)「開明的」な女性のようだ。それにしてもよく喋る。好きなタイプの男性は? という質問に「忍耐強い人」と答えたのが、印象的だった。カウソエを食べた後、サクラタワーの最上階にあるレストランに入って、彼女はケーキと紅茶、私はビールを飲んで歓談。なぜか今度一緒にプールに行くことになった(笑)。仕事のことを忘れて楽しいひと時だった。いや、忘れてはいけないのだが。

結局、ホワイトハウスホテルはこの年の暮れに閉鎖され、今はオーナーも変わって同じ名前の新しいホテルに生まれ変わっている。きれいになったが、私にはお行儀が良すぎるので他のホテルに移った。でも他人におすすめできるホテルです。

2月12日(日)

朝11時にダマレキタ僧院へ。バスを降りて僧院までの道を歩いている途中、誰かが近づいてきた。ロンジー姿だったからよく分からなかったが、よく見ると、僧院で日本語を勉強していた青年僧だった。「おひさしぶりです」と流暢な日本語で挨拶してきて、どうやら私が留守の間に随分日本語が上達したらしく、淡い感動を覚える(彼は非常に勉強熱心だった)。隣に小柄な可愛い女の子がいて、「Nice to meet you」と挨拶してきた。聞けばMessengerでよく話していたMさんだという。彼女は後で僧院にお土産のシャンヌードルとロンジーを届けてくれた。

僧院に着くと僧院の中で時々煙草を吸っている破戒僧の青年僧に出迎えられる。日本に行きたいらしく、滞在費やら航空券代やらを聞かれたので、正直に教えると、ハッーと深いため息。僧院の中に入ると、僧院長が暖かく迎えてくれ、昼食の焼きそばを御馳走になった。授業の時間が近づくと、続々と見覚えのある生徒たちがやってきて、流暢な日本語で挨拶される。みんな12月のJLPTでN4かN5に合格したということで、大変めでたい……が、中には姿が見えなくなっている子も何人かいて、特に出来が悪いのに頑張っていたあの子とやこの子の顔を思い出すと切ない気持ちになる。別に日本語できなくてもいいから、幸せになっておくれ。

授業の始まりに日本から持ってきたお土産のお菓子を配ったが、結構、あっさりした反応しか返ってこなかった(微苦笑)。ま、寄付とかに慣れているお国柄だから仕方ないか。授業の途中、見知らぬ男性から挨拶される。カタコトの英語で「妹が名古屋に住んでいる」というのだが、いまいちなんのことか分からない。日本語教師のWに通訳してもらうが、それでも意味が分からない……が、授業が終わった後、もう一人の女性の日本語教師に通訳をしてもらって、彼がHさんの弟であることが判明。来週の日曜日またダマレキタで会う約束をする。

その弟にスーレーまで送ってもらって、女性を待つ。彼女は友達のお姉さんである。が、約束の時間に一緒にやってくる予定の女性の妹から電話がかかってきて、既にスーレーに着いているらしいのだが、どこにいるのか分からない。英語も日本語もできない彼女と意思疎通ができず、またスーレーの周囲をぐるぐる回る。埒が明かないので、3ドル払ってスーレーの中に入り、それらしい人物を探したが見つからない。そうしていると、英語を話すミャンマー人青年が話しかけられて、彼に電話で彼女たちを呼び出してもらった。彼女たちを待っている間、青年はお祈りの仕方を色々教えてくれたが、最後にチップを要求され、1000チャット払った。額の少なさに青年も微苦笑。あまりミャンマー人はこういうことをやらないのだが、インド人だろうか? ようやく顔を合わせた二人と近くのカフェへ。姉妹で色違いのお揃いのロンジーを着ていて、とても綺麗だった。妹も来年日本に語学留学するらしいのだが、恐らく親戚に借金をしてとのこととはいえ、(小金を持っているそんな親戚がいるということだから)、姉妹二人も日本に送り出すとは、結構裕福な家なのかもかもしれない。二人とも英語も日本語もできないので、Messengerで日本語ができるミャンマー人の友達を呼び出して通訳してもらう……詳しいことは〈きぎょうひみつ〉なので、ここには書けないが、なかなかヘビーな一時間だった。彼女の写真を撮るのを忘れたので、後で送ってもらうことにする。ヘトヘトになってホテルに帰り就寝。

2月13日(月)

朝11時にスーレーへ。この日は2月10日にキャンセルした女性と会うのだ。叔母の説得でなんとか面談にこぎつけた。既に2月10日の女性から情報を得ていたのか、比較的スムーズに会える。家族総出で来ていた。彼女は先に貰った写真のボーイッシュな印象と違って、とても落ち着いた感じの人だった。親戚の男性が運転する車でシェダゴンパゴダの近くまで行ってカフェに入り、面談。異常にシャイというのは本当らしく、彼女は私とはほとんど目を合わさず、契約書も親戚の男性が代わりに書いた。が、写真を見れば分かるとおり、芯はしっかりした女性である。いい人と契約できた。面談が終わった後、似合わない眼鏡を外させて写真を一枚撮る。

夕方5時にはこちらはプライベートでFacebook友達の女性に会いに中央駅近くのルビーマートへ。途中、東京ダジャン祭りのボランティアで一緒だったH氏とH女史と邂逅。擦れ違った時、キャップと短パン姿の金周りのよさそうな男がいる、恐らくヤンゴンに跋扈している投資詐欺師か何かだろうと思ったのだが、まさかお二人だとは。いや、びっくりした。ルビーマートで顔を合わせた彼女は写真のイメージと違って、とても小柄で、こちらは写真のイメージと同じく、八重歯がとても可愛らしかった。日本人みたいな化粧をしているなあと思っていたのだが、案の定、彼女はミャンマーの派手な化粧が嫌いで、ヤンゴンで日本人が開いている美容学校に年間200万チャットの学費を払って通い、メーキャップを学んだということである。4月から日本の日本語学校に留学して2年間日本語を学んだ後、ファッション関係の専門学校で学び、将来はファッション関係の仕事をしたいのだとか。私はミャンマー人女性の洋服のセンスを直してくださいと彼女に頼んでおいた。

彼女の彼氏は新聞記者なのだが、同僚が殺されているらしい。ミャンマーではジャーナリストも命がけだ。

2月14日(火)

連日の疲労が溜まっていたのか午前中は爆睡。夜の7時にFacebook友達のMBL君に会いにレーダンセンターへ行く。彼はマノーラマ僧院で出会い、現在、癌で闘病中のZ君の友達。本当はネピードーの病院に入院していたZ君のところに行って、お土産のマンガを渡すつもりだったのだが、Z君は既に退院してネピードー近郊の村で療養中ということで、MBL君に託すことにしたのだ。待ち合わせ場所のレーダンセンターに現れたMBL君は、まだ日本語を勉強して1年半だというのにかなり流暢に日本語を話す。ミャンマー人の出来のいい子は、だいたい一年で少し話せるようになり、二年で日常会話に不足しない程度に話せるようになるから、驚きだ。二人して近くのビアホールに入って歓談。MLB君には最近彼女ができたらしく、写真を見せてもらったが、小柄な可愛い子だった。「好きです」と告白したら、キャッ―と悲鳴を上げて逃げ出されたのだという(微苦笑)。ミャンマー人の男女交際は、まずグループ交際から始まり(友達が応援団で駆けつけるそうだ)、徐々に二人きりのデートに移行していくのだとか。そしてもちろん、破局することもあるらしく、実際、Z君は先月彼女に振られている。(但し、男女の関係になった場合、女性の申し立てにより、二人の関係は法律婚とほとんど変わらない事実婚と見做され、男性が女性を妊娠させて結婚しないと懲役10年の刑に処せられる)。MLB君が注文してくれたウナギを作った料理がかなり美味く、酒も進んだ。やはり地元の人と地元の店で飲み食いするのが一番楽しい。大満足してホテルに帰る。

2月15日(水)

この日はMさんに連れられて、バゴー観光。(後述)

 

 

 

後述と言って何も書いていませんが、普通に観光を楽しみました。

第三回ミャンマー視察(2017年2~3月)(2)

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